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みゅるみゅるミュゼット

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1963年 3月号

アコーディオンジャーナル1963年の3月号に、金子先生がお書きになった

<わが輩は天下のアコ・マニア> #1 ~聞くも涙、語るもナミダのかけだし物語~

と題した、TV初出演の時のことを書いた原稿がある。

当時 先生は36歳(1927年生まれなら)、その原稿には「5,6年前の話になるが」

とあるので、30歳の頃の話になる。

金子先生は30歳手前で、アコーディオンを松原千加士先生に1年半、

師事しただけであるから、

本当にかけだしの時期の物語!!先生にも初めてがあったのです!

ボタン式アコーディオンを ジョー・プリヴァに 3日 習ったのは

この3年後の1966年。。。私はジョー・プリヴァの孫弟子?!


  ♪ ♪ 注意 ♪ ♪

  表現等自主規制させていただくことが御座います。

  本ページは本当にアコーディオンを愛し、

  金子先生を尊敬されている方のために公開しています。

  何卒ご理解を賜り、転載等はご遠慮下さいます様お願い申し上げます。♪ ♪




アコーディオンジャーナル 1963年 3月号

<わが輩は天下のアコ・マニア> #1

聞くも涙、語るもナミダのかけだし物語




 自信にも経験にも乏しい者が、人前で独奏を聴かせることは

並大抵の神経の消耗ではすまされない。

五、六年前の話になるが、桜井氏より電話がかかってきた。

「仕事があるんだがね…絶対にことわってはいかんよ。

もうOKしてあるんだから。」

という前置きなのだが、私には何だか解らない。

それはNHKテレビ「日曜家庭教室」の中へ3分間だけ

アコーディオン・ソロを入れることらしかった。

曲目はフォスターの「オースザンナ」ということである。

毎週この番組の中にヴァイオリンやフルートや木琴など、

ちょっとばかり名の知れた奏者が代わる代わる簡単な曲を独奏していたらしい。

お子様のお時間とはいえ、一応ソロだからなかなか得難いし、

「オースザンナ」なんてやさしい曲を弾くんならラクなもんだ。

と軽く考えて、前日は三越の集金日でアコニスト誌の広告の集金に出かけていたが、

三越の支払い所で並んで待っている間に、念のためNHKスタディオへ電話して

「あの一曲ですとせいぜい30秒げらいですが」というと

「それは困る。変奏を加えるか、さもなければフォスターの他の曲を

メドレーにしてもよいから3分はやってくれ」

との返事なので、あたふたと帰宅して、

「オースザンナ」と「いとしのアリス」をつなげて何回も弾いて

やっとメモリーしてから前奏をこしらえ、二曲には手首を固定したままで出来る、

あまり音域の拡がらない変奏をやって、やっと3分間ピッチリ。

これでお茶をにごすことにした。

 悪いことに私がピアノ式アコを売っ払って、ボタン式(クロマティック)アコ

に移ったばかりの頃だったし、本番同時放送(mi注:生放送)だから

やり返しがきかない。

こんな簡単な曲をひとたびトチレば萬天下に恥をさらし、

カッコウも対面もあったもんではない。

そう考えると気が焦って、前日の晩は妹が

「明日は兄貴がNHKでアコ独奏をやる」

というのでお赤飯にと特別栄養料理を作ってくれたが、

どうも何時ものようにスイスイと食物が咽喉へ通らない。

妹は仏前に灯明を上げ、その夜は床へついた。

私は夜、眠れないなんてことは殆どないのだが、

この晩ばかりは何時までたっても眠れないので

「成功への二十の道」などという本をひっぱり出して来て、

夜が白々明けてくるまで読んでしまった。

 当日の朝は10時半から3分間の出演なのに8時半までに

スタディオに入ってくれということなので行く。

入ると直ぐに係の人から「お化粧して来て下さい」と言われる。

テレビ局には大抵どこにも広いきれいな美容室があり、

誰でも出演者はドーランを塗られてしまう。

男はふだん化粧などしないから美容師から「ハイ、お待ち遠さまでした。」

と言われて出来上がったおのれの顔を見て、男も化粧すれば、

これほど変わってしまい美男子になるのかと驚く。

この時ばかりは 役者になったような気持ち。

もっとも はじめはテレ臭くて まともに自分の顔を見ることも出来ない。

それから 私はテンガロン・ハットをかむされまして 深紅のオープン・シャツの

西部男スタイルに仕立てられ 本番前のテスト。

この時プロデューサーから色々注文をつけられる。

背景は何時用意されたのか大草原の絵。

下には作られた草が一面に生え、中央にぬいぐるみの切り株がドスンと置かれてあり、

先ず 私は それに腰をおろしたまま弾きはじめ、ややあって 

プロデューサーの合図で 弾きながら立ち上がり、

にこやかに ほほえみながら 二歩、三歩前進…という筋書きをつけられる。

私は そんなのを予期していなかったから また調子が狂った。

その間、二台の ものものしいテレビ・カメラの眼玉が 私の方を狙って 

右往左往しているし、眼もくらみそうな強いライトが幾つもこっちを向いているし、

何人ものディレクターや技師や効果係が台本を持って ああでもないこうでもないと

狭い所をゴタゴタしているし、

放送局専用のサインをプロデューサーが盛んに私に送るから、

トーシロが「エ?」なんて聞き返そうものなら大変なことになる。

あまり気をつかったのでテストを終えたら、まったくポーッとなってしまった。

私が 本番でアガッてシクジラぬように 出掛けに妹が 薬(精神安定剤)を

ポケットに入れてくれたので 30分前にこれを呑む。

これには睡眠薬が入っているらしい。

それに 前夜は ほとんど 眠ってないので 気が遠くなるくらいよく効き、

体中がダルくて仕方がない。

私は たまらなくなって、アコをかついだまま 本番まで

ひと息入れようと廊下に出ると 出演を終えた声優であろう

背の高いキレイな女の子が 私にウインクして通る。

最近のテレビ女優なんてのは 一挙一動にお色気を出すことの練習を

させられているのだから 今のも その練習しながら 通過したのだろう。

その次に 放送局見学の中学生の列が通る。

掃除婦のおばさんが通る。皆 立ち止まって私の顔をジロジロ見てゆく。

誰か有名人と間違えとるんと違うか。

 さて、これからがいよいよ本番だと思うと 背筋が寒くなって 

体の表面がカーッと熱くなる。自分の爪をみると紫色だ。

毎週出ているナレイションの女性やら子供やら、その日、私と同じ特別出演の犬は

平気で元気にスタディオ内を飛びまわっているのに 私だけが、まだ往生際悪く、

つい立てのうしろなどでコソコソ仕上げの練習などして、いよいよ本番の位置につく。

手のひらはグッショリ、汗と油でベトついているし、

ボタン鍵盤がまるでぬらした石鹸のように

指が つるりつるりと すべってしまうのだから「アガル」というものは仕方がない。

そもそも 音楽の演奏というものは 余裕シャクシャク

(少くともそういう風にみせて) やらなければ 

聴いている方では 面白くないばかりか、音も良くないのだから難しい。

いよいよナレイションが

「さあ皆さん、今日は フォスターという人の お話をいたしましょう。

その前に 音楽を聞いてみましょう。 

ホーラ、軽快なアコーディオンの音が流れてきましたね、この曲ご存知ですか?」

と同時に 既に 私のアコが鳴っているのであるが、

「ホーラ、軽快な…」のときテレ臭かった。

しかし、お陰さまで何といっても3分間、

はじまればアッと言う間に終わって助かった。

もういっちょう 何か別の曲を弾きましょうか? と言ってやり度い位短かった。

……というのも 済んでから言えることで、馴れぬ者には、本番を待つ時間、

やっている最中は、その時間が倍にも三倍にも感ずるものである。

弾き終えると 直ぐ化粧室へ飛び込んで ドーランを落として貰う。

クレンジング・クリームを塗って拭き取るだけで もとの自分の顔に戻る。

おしぼりを最後に出され、それで自分の顔をふいて鏡を見るとガッカリする。

成程、化粧とはオソロシイものだ。

そこら辺に お化粧してても あまりイカサナイ ナオンチャンがいるけど、

あれが化粧しなかったら どんなにヒドイもんだろう と思うようになった。


 そんなこと考えながら控え室に戻ると、そこにキレイにアイシャドウを塗った

テクニカル美人が 盛んに若いプロデューサーをくどいているところへぶつかった。

「ねェ先生、私のために夜の番組一本取って下さらない?

 私、グッとムード出してやるから使ってみて下さって?」

「ウン、そうね、君は仲々美人だし、今、かんがえてはいるんだよ。」

てな具合である。

私は思わずその美人の顔をのぞきこみたい衝動にかられた。

芸界!それはピンからキリまで、芸そのもののきびしさが半分。

あと半分は自分を売り込む戦場だ。

すぐ隣の小さな部屋では 尺八と俗曲の人が声を張り上げて

最後の練習に必死 といったところ。

またすぐその廊下向こうの 大きなスタジオでは 素人のど自慢 の

予選の真っ最中。

何とかして鐘三つ鳴らして新人歌手の門をくぐり度い という人ばかり。

アコの音が聞こえるので、私がのぞくと 知らない顔の奏者が

世界の名器エキセルシァーで黙々と、しかも慣れた手つきで

次々と楽譜をめくって 彼らの伴奏をつとめている。

タマーに 放送に出る者にとっては 中身より封筒の方が有難いと

言われている (年中出ている一流人には計り知れない心理) 出演料、

日本放送協会と表記された謝金(という) を頂戴して(少ない)

いよいよNHKの玄関を出ようとすると 私と入れ違いに、

紋付にはかま姿、三味線をかかえた一団、次ぎに扇子を持った落語家(?)が

アタフタと入って来た。

近代的NHKビルに こんな珍な対象が 毎日くり返されながら

現代という 巨大な歯車は回っているのである。

「NHKとは 日本 ■■自主規制■■ 協会の略称だ!」と言ったのは

■■自主規制■■ だったが、放送に乗って、二、三日も過ぎっと

思いがけない遠い地方の知人から 「テレビで見たぞ」 

などという便りが来るのは、NHKならでは、だと思うね。

(次号は"アコに志した不順な動機"物語)

注:上記のナオンチャンとは オンナをひっくり返してちゃんを付けた、

  つまり「女」の隠語です。あまり使わないようにしましょう。(fin)


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